CARROT AND STICK POLICY: FUEL
アメリカ、ペンシルベニア大学のR.ニューナム博士が「外交手段としてのロシアのエネルギー資源」と題した記事を2011年に発表した。R.ニューナム博士はこの記事で、ロシアが保有する膨大なエネルギー資源を、同盟国を支援する“ニンジン”として、また敵対する国々へは“ムチ”として使ってきたと具体的な例を挙げて説明している。ロシアの政策を支持するアルメニア、ベラルーシ、R.クチマ大統領時代のウクライナなどに対してロシアは安価にエネルギー(天然ガス、ガソリン)を供給してきた。そしてジョージア、モルドバ、バルト三国、V.ユシチェンコ大統領時代のウクライナなど、ロシアと対立する国々に対してはエネルギー供給を停止、もしくは値上げするなどの制裁を行ってきた。
ロシアのこの政策は2011年からより強まってきた。その代表例はキルギスタンだ。キルギスタンのアカエフ大統領は、国内にアメリカ軍の駐留を許可し、マナス国際空港で使われる燃料にロシアのガソリンを入れ数千万ドルを儲けた。しかし、次のバキエフ大統領はアメリカ軍を国内から撤退させ、ロシア軍の駐留基地を設置し、またもロシアからガソリンを調達して大きな財をなした。
公共ガバナンスが弱く、腐敗に侵され、さらにガソリン燃料の供給を一国に依存する状況では、その国の政治が安定しない。さらに言うと、その国の存在すらエネルギー供給国に左右されてしまう。
2010年までモンゴルは、ロシア最大の国営石油会社ロスネフチが決めた価格でガソリン燃料を輸入していた。その他に選択肢はなかった。当時、ロスネフチはモンゴルへ輸出するガソリン1トン当たり400ドルの利益を得ていた。そのためモンゴル首相はロスネフチの本社へ出向き、価格を引き下げるよう交渉することを余儀なくされた。しかしその後、モンゴルは中国や他の第三国からガソリンを買い付けるようになった。これにより、ロシアはモンゴルへ輸出するガソリン価格をシンガポールのプラッツ価格を基準に算定するようになり、モンゴルのロシアに対するガソリン依存度は低下した。しかし、2019年からその状況が変わろうとしている。
ロシア・モンゴル両国大統領のウラジオストクでの会談
2018年9月、Kh.バトトルガ大統領はウラジオストクの東方経済フォーラムに参加し、ロシアのプーチン大統領と会談した。この会談で両大統領は2019年にハルハ河戦争(ノモンハン事件)の戦勝80周年を記念し、共同展示会、共同ドキュメンタリー映画、記念書籍などを制作することで合意した。またこの会談で、Kh.バトトルガ大統領はハルハ河戦争(ノモンハン事件)勝利80周年を祝う行事に向けてハルハ河郡の開発計画図をプーチン大統領に披露した。
1ヵ月後、ロシア最大国営石油会社ロスネフチの3人の副社長がモンゴルを訪問し、Z.エンフボルド大統領補佐官と面談した。その際、モンゴルへの投資、油田探査、急激に増加している国内ガソリン需要に対応するための持続的なガソリン供給について話され、ロスネフチはハルハ河戦争(ノモンハン事件)勝利80周年を祝う郡の開発プロジェクトに1,000万ドルを寄付することで合意した。
その2週間後、ドルノド県ハルハ河郡における開発工事の起工式が行われ、B.サロール大統領副補佐官、M.バダムスレン県知事、Ts.ナサンフー郡市民代表議会議長、Kh.フレル-エルデネ郡長が参加した。この開発プロジェクトは、2019年8月末に両国の大統領訪問に合わせて完了する予定だ。
国家は企業ではない
Kh.バトトルガ大統領は行動力のあるビジネスマンだ。彼はモンゴル民主化革命後に小売業で成功し、国内最大規模の食肉工場、パン工場や大手ホテル(バヤンゴルホテル)を買収した。世界最大規模のモニュメントであるチンギスハーン騎馬像を建設する資金を証券取引所から調達した賢い人物である。彼は2004年から国会議員に3回当選し、大臣まで務めていた。2013年に工業・農牧業大臣を務めていた頃は“新しい郡”というプロジェクトを提案し、自分の故郷で選挙区でもあるバヤンホンゴル県のバヤンリグ郡、ボーツァガーン郡の開発を進め、街を新しく整備した。
大統領になってからは、海外訪問で会う外国の首脳・要人に自らが提案したマイダル市建設に投資や寄付を呼び掛けるようになった。首都ウランバートルに人と車が入りきれないほど集中している現在は、副都市の建設、過疎化が進む地方の開発は良いことである。しかし、これは一国の大統領の営業活動ではなく、政府が提案し実施することが道理だ。
「国家は企業ではない(ポール・クルーグマン)」。ビジネスの原則で国を指導することは土台無理な話だ。一国の大統領が他国の大統領から資金について要望を受けたら、それを認めるのは難しく、断るのはさらに難しい。もし、その資金が会社、特に国営企業を通じて贈与、寄付といった形で受ける場合、そこには必ず利害関係が発生する。
ロスネフチのイーゴリ・セーチン社長は、モンゴル大統領の要望に応じた。セーチン社長の月給は100万ドルと言われるが、ハルハ河郡開発の1,000万ドルをポケットマネーで支払ったとは到底思えない。これはロスネフチという国営企業、つまりロシアの納税者のお金である。モンゴル大統領府は、その1,000万ドルを1つの郡の整備にどのように使ったかを、ロシアでなくともせめてモンゴル国民に公開すべきだ。モンゴルは民主主義国家なのだから。
石油精製所建設は現実的か?
ロスネフチからの1,000万ドルには、モンゴルのガソリン市場をコントロールするという裏の意味が含まれている。この数日、モンゴル政府代表者とロスネフチの代表者は、モスクワ・ウランバートル間を相互に訪問している。インド政府からの10億ドルのソフトローンで建設される石油精製所について積極的な話し合いをするためだ。
ロシアは、モンゴル政府が進めようとした狭い軌間の鉄道建設、水力発電所、石油精製所の建設など数多くのプロジェクトに反対してきた。だから、そのどれも建設されなかった。しかし今回は、U.フレルスフ首相がガソリン燃料を外国に依存しないようにするという公約を果たすために石油精製所の建設プロジェクトをスタートさせた。実際、モンゴルはガソリン燃料の95%をロシアから輸入している。ロシアとモンゴルの貿易額の90%は、モンゴルの石油製品輸入で占められている。モンゴルの石油製品の年間消費量は150万トンである。これを国内で生産する場合、新たに15億ドルが必要となる。インド政府からのソフトローンは、石油精製所の建設のみに限って十分となる見込みだ。中国企業が石油掘削を行っているドルノド県タムサグ油田からドルノゴビ県アルタンシレー郡まで総延長670kmのパイプラインを敷設するには、3億5千万ドルの資金を追加投入しなければならない。
モンゴル政府は、このパイプライン敷設に関してロスネフチに投資と原油供給を提案した。ロスネフチの回答は、「タムサグ油田の稼働率は低く、石油の粘度が高いためパイプラインを通すには技術的なコストが高くつくので現実的ではない。モンゴルがアンガルスクの石油精製所に投資し、施設の一部を保有することは可能だ」というものだった。
アンガルスクの石油精製所は地理的にモンゴルに最も近い。そして良質な原油を生産している。ロスネフチは年間1億1800万トンの石油を精製し、ロシア市場の3分の1を占める大規模企業である。アンガルスクの石油精製所は、ロスネフチの全精油量の8.4%にあたる年間1千万トンの石油を精製している。このアンガルスクの石油精製所の市場価格がいくらになるのか、またモンゴルはその何割を買い取ることが適切かつ可能かを話し合うのも悪くない話だ。
新国際空港の燃料供給
ロスネフチはモンゴル政府に対して、フシギーン・フンディ新国際空港の航空燃料の供給業務、ウランバートルの新・旧空港の航空燃料・ガソリン燃料複合施設をモンゴルに設置する長期コンセッション契約を早急に締結する提案をした。
2008年、当時のS.バヤル首相は、モンゴル国内におけるロスネフチのガソリンスタンド100ヵ所の設置を支持していたが、国会で認められなかった。今日、モンゴル国内市場における石油製品取引についての特別規制が法律で定められている。石油製品法の7条2項に「モンゴルに石油製品の30%以上を単独で供給している外国企業は、国内市場における自社投資の法人及び自社傘下にある子会社による石油製品の販売を禁止する」と規定されている。
近年、ロスネフチはモンゴルのソドモンゴル社と50対50の持分で共同設立したメルゲンワン社を通じてボヤント・オハー空港にケロシン(航空燃料)を供給してきた。また、他にケロシンを供給しているA-Jetという会社もあり、モンゴルの航空会社には燃料調達の選択肢があった。
新国際空港にも燃料調達の選択ができるようになることが期待される。航空燃料に関しては2種類の規格がある。それはロシア規格のTC1と国際規格のJetA-1である。航空会社は両方の規格の燃料を使っているが、1機の航空機の主翼にある燃料タンクに混合して使うことはない。モンゴル政府は日本政府に何度も要望を出し続け、新国際空港にTC-1のみを入れる2,000トン容量の4つの燃料貯蔵タンクを建設した。もし、JetA-1を選べるようにするとしたら、新たに2つの燃料貯蔵タンクを設置する必要がある。
モンゴルの政界やビジネス界のグループは、新しい空港の航空燃料充填権を得るために激しく争っている。しかし、最終的には航空及び自動車燃料の供給をロスネフチが全面的に担うための動きが繰り広げられているのだ。
ガソリン供給の小さな隙間
国のガソリン供給分野を外国の企業に握られることは、その国の経済の独立性を握られる可能性が高い。だから、モンゴルはロシアの他に中国、或いは他の第三国から高価でもガソリンを購入できる針の穴のような小さな可能性を残す必要がある。私たちはガソリン購入に関して、それがどんなに小さくても選択肢をもっていなければならない。
2019年1月2日
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