ゲル地区の夢を描いた映画が、東京の国際映画祭で受賞

Kanako Onishi
Kanako Onishi 7.3k Views
0 Min Read

アジア最大級の国際短編映画祭「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア(SSFFASIA2021630日まで開催)」で、美容師になる夢を追う車椅子の兄と妹の絆を描いた「階段」という12分間の作品が、「Make impossible possible(不可能を可能にする)」を伝えるバイオジェン・アワードを受賞した。制作を指揮した新進気鋭のゾルジャルガル・プレブダシ監督は、新モンゴル高校への進学がきっかけで映画監督を志したという。彼女はなぜゲル地区を舞台に映画を作るのか? Zoomでインタビューを行った。 

〜受賞おめでとうございます。映画のエンドロールで、障がい者の若者が制作スタッフとして働く映像が流れていましたが、どういうプロジェクトでしたか? 

SSFF&ASIAに参加できただけでも感激で、まさか受賞すると思わなかったので本当に嬉しいです。映画の制作に関わったスタッフは全部で約60人いますが、そのうち18人が障がい者です。本プロジェクトはオーストラリアのBus Stop FilmsというNPOとArts Council of Mongoliaが協力して始めたもので、2019年にモンゴルで1年かけて、障がい者と共に映画を作るワークショップを行いました。撮影する段階になって声をかけていただき私が監督として参加することになり、私の仲間であるプロのスタッフ陣が障がい者のメンバーに映画制作で必要な様々な技術を指導して、撮影を進めました。

〜障がい者が参加する映画制作チームでリーダーを務め、大変だった点と良かった点は?  

路上で撮影する時、障がい者のメンバーの安全をしっかり確保できるかが心配でした。良かったのは、緊張感が張りつめた現場でも知的障がいを持つ若者たちは常にニコニコしていて、彼らにつられて私の気持ちも度々穏やかに変わったことでした。

〜ゾルジャルガルさんが映画監督になったきっかけを教えてください。

私は13歳からゲル地区のズーンサラーで育ち、将来良い教育を受けたいといつも思っていました。アートに興味がありましたが、苦労するからと親戚から諭されて物理学者を目指すようになり、数学の大会で成績優秀者をよく輩出していた新モンゴル高校に入学したんです。ところが新モンゴル高校で演劇サークルに入って、「映画監督になりたい!」と目覚めてしまいました(笑)。奨学金制度に受かって桜美林大学に留学し、映画専修を2012年に卒業。その後モンゴルへ戻り短編映画を数本作りました。

〜「階段」の脚本とキャストはどう準備しましたか? 

オーストラリア人のプロデューサーがアイデアを募り、選ばれた案をもとにモンゴル人の脚本家とプロデューサーと私で脚本を練りました。車椅子の兄を演じたダワースレンさんとは、Facebookの車椅子利用者のグループなどを探して出会い、一目見て主演はこの人だと確信しました。かつて格闘家だった彼は、建設現場で高所から落ちて片足を失った後も車椅子フェンシング競技に挑むなど前向きで、そこに惹かれました。他のキャストも、なるべくゲル地区の暮らしに馴染みがある一般の人から選びました。

〜なぜゲル地区を舞台に?

ウランバートル住民の約70%がゲル地区在住ですが、サイレントマジョリティーです。なぜならゲル地区を描いた芸術作品では、アルコール問題など負の側面が強調されがちでイメージが悪く、自分がゲル地区の住人であることを隠したがる人が多いためです。当の私もゲル地区出身で、貧しいとか可哀想だと言われるのが嫌いです。でもゲル地区の人々は実際には頑張って生きていて、その日常には小さな幸せがたくさんある。それを映画で描いて皆さんに知ってほしいのです。

〜モンゴルで「階段」の公開予定はありますか? 

これは私の個人的希望ですが、現在出品中の映画祭が全て終わったらYouTubeで公開して、家や建物を障がい者が使いやすい環境に改良するためのノウハウも一緒に紹介して、バリアフリーキャンペーンをやりたいです。私は日本留学中に2年ほど、身体障がい者の生活を介助するアルバイト経験があり、日本のバリアフリー環境がモンゴルより進んでいるのを実感したので、モンゴルも変わってほしいです。

〜次回作の構想はありますか?

「冬眠できるといいな(仮題)」という長編映画を撮影予定です。この映画企画が東京フィルメックスで行われたワークショップで賞をいただいたので、映画化するにあたり励みになりました。制作に必要な目標金額1230万円のうち今までに715万円を集めましたが、まだ足りず現在必死にスポンサーを探しています。テーマは大気汚染と教育格差です。ゲル地区で兄弟4人と未亡人の母親と共に暮らす物理が得意な15歳の少年が、良い教育を受けたくて旅をする中で、目の前に現れる色々な問題と向き合う物語です。

〜なぜ大気汚染をテーマに? 

2017年冬にスフバータル広場で「煙を消そう」というデモが起きた時、ゲル地区に住む私は「ゲル地区の人を消そう」と言われているように感じ、悲しくなりました。ゲル地区の住人は都市部の人を困らせたくて石炭を燃やしているわけではありません。

私は市内のアパートで暮らしたこともありますが、外部に住んでいると、ゲル地区の中で営まれている暮らしについて知る機会がないと感じました。しかしゲル地区の問題に目をつぶらず、ちゃんとそこにスポットライトを当てないと、いつまでも何も変わらず大気汚染はなくならない。モンゴル人は偉大なチンギスハンの子孫だと言いますが、草原もゲル地区も今を生きる私たち子孫たちが抱える現実です。良いところだけを見ているうちは変化が起きないので、映画でゲル地区のリアルを見せたいのです。

大気汚染、子供の虐待、アルコール中毒など、モンゴルが抱える数多くの問題の根本には貧困があり、そこを解決しない限り問題はなくなりません。貧困をなくすには良い教育が必要で、私が外の世界で豊かな教育を受けられたように、ゲル地区の他の子供たちにも良い教育の機会が与えられるようになってほしいと思います。

〜若い世代のモンゴル人監督として、今後どんなことを目指していますか?

モンゴルの話でありながら、人間なら誰にでも通じるような良い物語を撮っていきたいです。社会問題に正面から向き合い、映画で正直に描くことを目指しています。皆が少しでも生きやすい社会になることを望みながら、自分が今できることに集中していきたいです。

筆注:「階段」は以下のSSFFサイトにて、2021年6月30日までオンライン無料視聴が可能です。https://www.shortshortsonline.org

大西夏奈子(フリーランスライター)

2021年6月

Share this Article
Leave a comment