モンゴル国第6代大統領を選出するための第8回大統領選挙が2021年6月9日に行われた。2019年の憲法改正により、大統領の任期は1期6年となった。(訳注:それまでは大統領の任期は1期4年だった。)憲法改正後、初となる今回の大統領選挙には国会に議席を有する政党から3人の候補が立候補した。投票率は59.35%と過去最低を記録したが、人民党党首であり前首相のU.フレルスフ氏が得票率67.69%(82万3000票)という最多得票数で当選を果たした。少数野党の連合である全国労働党が推すD.エンフバト氏の得票率は20.31%、民主党のS.エルデネ氏の得票率は5.99%だった。5.92%の票が無効票だった。民主主義国であるモンゴルの有権者は、選挙の形式と内容を分析・評価し、そこから何を教訓として学ぶかが重要である。
選挙の概要
今回の選挙は、新型コロナウイルスの感染が拡大している中で行われた。政府は、候補者が新型コロナウイルスに感染したという理由で、有権者が最も期待していた国営テレビで放送される予定だった3人の候補者によるオンラインディベートを中止にした。選挙の運動期間は僅か2週間だった。
選挙の活動費に関して言えば、与党は数十億トゥグルグの札束の雨を降らした。人民党は県、郡、区の職員を動員し、結党100周年記念メダルに加えて10~20万トゥグルグの現金をすべての国民にと言って良いくらいバラまいた。人民党は選挙応援のために国会議長をはじめ国会議員62人をそれぞれの選挙区に向かわせ、各大臣や長官には国有企業の社員に圧力を掛けさせ、選挙運動に動員させた。国家予算と政党の資金が、どこから始まってどこで終わっているかが区別できない状況となった。政府は商業銀行に圧力を掛け、経済回復と雇用支援を目的とした金利3%のソフトローンプログラムを積極的に進めた。
民主党の幹部は、「与党人民党は国家予算で大統領選挙を買収した」と非難した。民主党は野党のため、人民党のように莫大な資金を費やすことができなかったが、全国労働党はその民主党よりも少ない12億トゥグルグの資金で選挙戦に臨んだ。この大統領選挙実施のための予算は270億トゥグルグだったという。
民主主義の成熟度
人民党圧勝の理由は、広範囲な福祉政策、現金給付、雇用圧力に加え、全国にネットワークをもつ人民革命党の幹部を「買収」できたことが大きい。つまり、国会に議席を持つ人民革命党から、前回の大統領選挙で30%の票を獲得したS.ガンバートル氏は立候補しないという合意である。
もう1つの理由は、野党民主党の内部分裂である。一つはKh.バトトルガ大統領を支持する国会議員10名の派閥、もう一つが大統領選挙に立候補している民主党党首のS.エルデネ氏を支持する議員の派閥で、この二つの派閥が互いに全国で争っている。そのため議員や支持者の一部は無効票を選び、また一部は全国労働党の候補に投票する形となった。
政権に就いている権力者たちは、毎度の如く選挙前に関連する法律を自分たちの都合の良いように改正してきた。こういった事をモンゴル国民が受け入れて久しい。今回の選挙でも巧みな手段を取って選挙の運動期間を短くしてきた。そのため、立候補者は全国を回り、国民に直接自分の理念や活動方針を十分に伝えることができなかった。今回の大統領選で、選挙運動はほとんどSNS上で行われ、数百ものフェイクアカウントが選挙期間中に暗躍した。
国民は、住民票登録がされている自治体でしか投票できないため、都市部に出てきている若者たちの投票率は低くなった。また、海外在住のモンゴル人は、その国に設置するモンゴル国大使館に直接出向き投票する必要があるため、在外モンゴル人の投票率も低くなった。国民は世界中どこからでも投票できるように、最新技術を導入し、活用できる環境整備を要求していた。投票用紙の集計については、ブラックボックスで行われ、結果が各投票所から直接送信された。その後、全投票用紙を人の手で数え直し、確定させた。これにより国民の開票に対する疑念は払拭された。
海外メディア評は、「マスコミは選挙に積極的に参加していたが、その大半が政治に関与しているオーナーに支配されている。ニュース放送チャンネルでは、立候補者の活動方針を分析・評価することはなく、ほとんどが補助金などの情報を流していた」というものだった。また、国家監査庁が立候補者の選挙運動プログラムを事前に監査し、承認していることが権利の侵害や影響を与える素地を作っている。大統領選挙に無所属の立場では立候補できないということは、参政権を侵害している。他にも刑務所や病院で療養している人たちには投票する機会が与えられていないと結論付けた。
過去3回の大統領選挙で民主党の候補者を選択した有権者のほとんどは、民主主義の成熟度に対する信頼を失っていた。そのため初めて立候補したD.エンフバト氏と民主党エルデネ氏が獲得した投票数を合わせでも、U.フレルスフ氏が獲得した表の3分の1以下となった。
選挙戦において、最も重要で影響が大きな資金の規模や資金源は、前回の選挙同様公開されていない。それにモンゴルのような発展途上国には貧困者が多い。民主的な投票は往々にして「胃袋」で行われる。今回の選挙でも、選挙過程や選挙後に立候補者は誰から、どこから寄付を受けているかを常に公開していれば、選挙結果に関わり、そしてこの国の民主主義の成熟度に大きな役割を果たせていたと思う。
モンゴルでは政治家や政党が、政党および選挙の資金調達の報告書の作成やその監査制度を整備することを避けて来た。これが腐敗の温床となってきたのは言うまでもない。
結論
U.フレルスフ氏の勝利によって、モンゴルにおいてあらゆる権力が民主革命以降、初めて一党に集中することとなった。一部の研究者は、一党独裁が確立されていると見ている。唯一対抗できる組織である民主党は、内部分裂が収束し、党内で共通の価値観とイデオロギーが構築されるまで何年も掛かりそうだ。また全国労働党が第3勢力となり、各県に支持者を形成し、選挙に勝利できるようになるのは今日明日の話ではない。
いずれにせよ、人民党が今後しばらくは政権を握るようだ。日本では、自由民主党が1955年に結党して以来、政権与党から下野したのはたった2回(1993-1994、2009-2013)である。その理由は、この党は党内にいくつかの強い派閥があり、その派閥が党首を囲んでおり、どの野党勢力にも負けないくらい政党の政策や行動を強く批判し、時代の要求に適応できるからである。このような派閥が人民党内にできるだろうか?各派閥の代表は評判が良く、汚職に関与しておらず、個人的な利益より公の利益を優先する。そんな風にできるだろうか?
現時点では、この質問に人民党は自身にも、また有権者にも完全に答えることができていない。今日、モンゴルの全ての資源の所有者は国民ではなく、人民党である。この所有者がいつ変わるだろうか?変わるとすれば、人民党ではなく私たち国民によって変えられるはずだ。民主国家の確立と、選ばれた政府の監視には、国民一人ひとりの参加する意識が必要である。
2021年6月16日
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