元日本留学生達による新政党の誕生
現在日本にはモンゴル人留学生が約3000人いる。その中には「将来モンゴルで選挙に出馬して腐敗した政治を変えたい」と熱い胸のうちを語る人もいる。そんな青年達の思いが結実して今年、新しい政党が誕生した。「正義党(Зүй Ёс Нам)」という。2020年の国政選挙を見据え、政党結成に奔走してきた中心メンバーは約50人。彼らは日本への留学経験を持ち、平均年齢40歳前後と若い。
新政党の構想が生まれたのは2年前だった。モンゴルで新たに政党を作るためには、選挙権を保有するモンゴル人のメンバーが801人以上必要になるが、正義党には18歳から80歳まで1500人ほどが集まっており、今も増え続けている。今年6月に最高裁判所へ新党結成の申請を出し、9月12日に正式認可が下りた。今後は具体的な政策を練りつつ、選挙区や出馬者を検討する段階に入っている。
法の遵守と制度改革
「党のポリシーは主に2つです。法治国家を目指すことと、それに並行して公正な社会を担保する制度改革を目指すこと。モンゴルは民主化して30年ほど経ちますが政治腐敗が多く、制度に大きな欠陥があることは明らか。その改革も進めないといけません」。そう話すのは、正義党党首のナサンビレグ・バトバヤル氏だ。周囲からはナスカという愛称で呼ばれている。
ナサンビレグ氏は1976年にウランバートルで生まれ、23番学校で日本語を学んだ。卒業後は北京の第二外国語学院へ入学。社会主義崩壊直後に父親が中国との貿易業を始めたため、中国語を学べば将来役立つと考えた。しかし家の商売は軌道に乗らず、帰国してアルバイトで資金を貯め、モンゴル国立大学国際関係学部中国研究科に入学。その後日本へ行きたいと考えるようになり、横浜市立大学国際関係学部と一橋大学大学院の社会学研究科へ私費留学した。
大学院卒業後は双日株式会社の総合研究所に就職。JICA、NEDO、JBICなどの機関から委託を受けて開発調査や世界情勢を研究する機関で、当時はウランバートルの大気汚染問題に取り組んだり、JICAのツーステップローン案件形成調査などモンゴル関連の調査事業にも積極的に携わっていた。2007年に双日のウランバートル事務所が開設されると、ナザンビレグ氏は2008年から副所長に、2012年から所長に就任し、現在に至る。ただし今後は正義党の活動が本格的に始まるので、双日を退職して党に専念する。
留学生がなぜ政治の道へ?
「国の発展に寄与したいという思いは、日本留学時代から強く持っていました。しかし最初から政治家を志していたわけではなく、きちんと勉強して役に立つ人間になりたいというふうに考えていました」とナサンビレグ氏。日本留学時代は在日モンゴル人留学生会の会長を務め、ハワリンバヤル(モンゴル春祭り)や勉強会などのイベント開催を通じて、留学生同士のネットワークを育んだ。留学生達は慣れない生活の中で互いに支え合い、モンゴル文化を日本へ紹介する活動にも力を入れた。
2008年にモンゴルへ戻ってからは、帰国留学生の会(JUGAMO)の副会長や事務局長、2016年からは会長を務めた。仲間達と力を合わせ、日本へ留学して得た知見や経験を活かして、日本とモンゴルの関係促進に貢献することが使命だと思い活動に勤しんだ。
母国で再び暮らしてみて感じたのは、悪化の一途をたどる貧富の格差や汚職問題、失業と貧困率、モンゴルの国際的信用の低下に対する危機感。「誰がこの国を良くするのか? 我々自身がやることではないのか? 留学時代の仲間達と会うたびにそういった話題が上がり、それならば自分たちで新しい政党を作るしかないという結論に至りました」。正義党の中心メンバー達は留学時代から数えると20年のつきあいだが、彼らに限らず、元日本留学生達は先輩・後輩の年代を越えてネットワークで繋がっている。
チームワークを発揮する時
正義党の強みはチームワークだ。日本留学の影響が大きいという。「日本では約束を守ること、人に嘘をつかないこと、誠実に働くことの大切さについて学びました。外の世界で公正さを学んだ者達がモンゴルの政界に今後どんどん入っていって制度改革を目指すこと、そのために国民の意識改革をはかれるよう努力することが大事です。制度改革が実現したら今度はそれをしっかり保護することも重要。そういうところに正義党は重点を置いて末長く、安定的に活動したいと思っています」とナサンビレグ氏。
党内では、いまだに消えない貧困層や、外国人の不信を招く不安定な政治状況など、解決すべき課題について議論を重ねている。一方でモンゴルは素晴らしい自然環境や国民性も持っている。世界に誇れる遊牧文化や芸術といった多くの潜在的可能性も活かしつつ、どうすれば国の発展に寄与できるかについて仲間達と意見を交わす日々だ。
社会主義崩壊当時、ナサンビレグ氏の世代はちょうど小・中学校の学生だったので、苦しかった生活の様子を今も鮮明に記憶している。海外で見聞を広め、外国とモンゴルの良い面も悪い面も踏まえた上で母国への思いを募らせた彼らが、いよいよモンゴルのリードをとり得る時代に突入する。来年の選挙では、そんな誠実な気持ちを保ったまま、私利私欲に走ることなく真に国民のために汗を流す政治家がこの世代から生まれるのだろうか?
「日本の方々の中にはこれまでのモンゴルの行いに絶望感を持つ人もいるかもしれませんが、これから変わっていくのでぜひ見てほしいという思いがあります」とナサンビレグ氏は強調する。北東アジアの中で民主主義という価値観を守り発展しようとしているモンゴルは、来年の選挙でどのような結果を出すのか。モンゴル国内のみでなく、国外からも選挙の動向を注目し続けることが重要だ。
フリーランスライター 大西夏奈子 Kanako Onishi
2019年10月