国へ帰れない1万人の嘆き

Kanako Onishi
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モンゴルのコロナ対策の光と影

中国・武漢市で発生した新型コロナウイルスが世界中へ拡散して半年余りが過ぎ、各国の政策に明暗が分かれている。感染者と死者の数を見れば、モンゴルは明らかな“勝ち組”だ(7月31日時点で国内の累計症例数291人、死者数0人、市中感染なし)。パンデミック防止のため、モンゴル政府はいち早く国境を閉じて国民の命を守っている。

その成功の裏で、国外に1万人のモンゴル国民が足止めされ、問題になっている。旧正月に孫に会いに行き帰れなくなった高齢者、短期訪問の予定で出国した旅行者やビジネスマン、3月に学校を卒業した留学生など、滞在理由はさまざまだ。

頼るところがない人はホテルや知人宅を泊まり歩き、それが不可能ならホームレスになるしかない(日本でもホームレスのモンゴル人が目撃されている。)自粛期間中は仕事が見つけにくく、「モンゴルの家族に送金してもらい、かろうじて食べていることが情けない」と肩を落とす若者もいる。6月にポーランドで21歳のモンゴル人留学生が経済苦により飛び降り自殺した事件は、彼らにとって決して他人事ではない。

帰国希望者は在日本モンゴル大使館に申請し、いつ乗れるのかわからないチャーター機を待ち続ける。帰国希望者リストの中から搭乗者を選ぶのは大使館ではなくモンゴル政府であり、チャーター機の出発数日前に大使館から連絡が来るまで搭乗の可否は不明だ。これまで日本へは3月、4月、6月に1便ずつ、7月に2便のチャーター機が来た。8月は7日と24日に予定があるが、現在も700人ほどの搭乗希望者がおり、1便あたりの定員は250人なのでまだ足りない。

ちなみに海外で足止めされていた日本人の場合は、外務省が外国政府や航空会社と調整し、チャーター機や臨時便などで6月上旬までに希望者のほぼ全員が日本へ帰国できた。

国に見捨てられるという危機感

5月になると、日本で立ち往生するモンゴル人から不安がる声が聞こえてくるようになった。彼らは帰国の見通しが一向に立たないまま、モンゴル国内が選挙一色に染まることに焦りを感じ、大人しく黙っていたら国に見捨てられるのではないかと危機感を持っていた。

日本の大学を今春卒業し、モンゴルに帰って出産する予定でいた妊婦の女性は、「コロナなので選挙を延期し、その予算で海外にいる国民を助けてほしい」と泣いていた。彼女は家族をモンゴルに残し単身で日本へ留学中で、奨学金が3月で終了し、アルバイトがコロナの影響でなくなり、家賃が払えない状況に陥っていた(その後6月の便で帰国)。別の短期滞在予定で来日した青年は、日本での滞在費がかさむ中、チャーター機と21日間の隔離先ホテル費用が準備できず途方に暮れていた。

一方で、周囲の協力に支えられ、帰国日まで心配なく生活できている人もいる。静岡県焼津市で合宿をしていたパラリンピック陸上選手団は地元の人に暖かく迎えられ、安心して過ごすことができたようだ。また関西で企業のインターンシップに参加した100名以上の若者も、派遣元の人材会社が責任を持って対応しており、前向きに帰国の機会を待っているという。

サポートしてくれる存在の有無で状況は大きく変わる。そういった存在がなければ、Facebook上のグループを拠り所にして互いを励まし合うしかない。

彼らはなぜ抗議するのか

日本では6月のチャーター機に搭乗できなかった約30名の有志が、同月18日に在日本モンゴル大使館を訪れた。彼らは失望や怒りを表現する黒色の洋服を身にまとい、「モンゴル人に国境を開けて」「誰でも家に帰る権利がある」と書かれたプラカードを掲げて渋谷の街を歩いた。同時刻に韓国でもデモが行われた。

大使館関係者との話し合いは4時間以上続き、全員の帰国が早く実現するようモンゴル政府に交渉してほしいこと、困っている人が優先されるよう配慮してほしいことなどの要望を書面で提出した。搭乗が優先される対象は、幼児とその家族、健康上の問題がある人、高齢者、妊婦、学生、ホームレスの人、経済的に困難な人とされているが、それらに該当しない政治家関係者や実業家が先に帰る姿が目撃され、ワイロやコネの噂が飛び交ったり不信感が広がる原因となっていた。

それに対して在日本モンゴル大使館から後日回答が届き、7月と8月に500人ずつ帰国できるよう努めていること、モンゴル国内の感染状況や医療機関と隔離施設のキャパシティーを考慮しながら帰国支援を進めていることなどが書かれていた。

6月末に選挙が終わるとナーダムの開催が決定し、モンゴル国内がお祭りムードになっていく様子を、国外にいるモンゴル人は冷めた目で眺めていた。この頃になると国内にいるモンゴル人からも、無観客のナーダムに30億トゥグルグも割く必要があるのか、その予算で海外にいる国民を助けるべきではないかという同情の声が上がるようになった。モンゴルのメディアでもこの問題に関する報道が増えている。

世界各国で立ち往生するモンゴル人たちのフラストレーションは爆発寸前だ。7月末に韓国を出発したチャーター機内では、搭乗者全員が「我々はウイルスではない」などのプラカードを頭上に掲げて抗議した。今年の夏、私たち外国人はモンゴルへ行けない代わりに、東京やソウルの路上でプラカードを持つ彼らの姿を見かけることになるかもしれない。

フリーランスライター 大西夏奈子 Kanako Onishi

2020年7月

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